夏の食欲不振の、あまり知られていない、しかし、非常に重要な生理学的な理由の一つが、「体温調節に伴う、消化器官への血流配分の変化」です。私たちの体は、恒温動物として、外気温がどれだけ変化しても、体の中心部の温度(深部体温)を、約37度に、厳密に保つための、精巧なシステムを備えています。夏の暑い環境下では、体内で発生する熱や、外部から吸収した熱を、効率的に、体の外へ逃がす(放熱する)必要があります。そのための、最も重要なメカニズムが、皮膚の血流を増やすことです。体は、暑さを感知すると、自律神経の働きによって、体の表面、すなわち「皮膚」の血管を、拡張させます。これにより、体の中心部を流れる、温かい血液が、大量に、体の表面近くへと運ばれます。そして、外気との温度差を利用して、熱を、体の外へと逃がしていくのです。汗をかいて、その気化熱で体を冷やすのも、この皮膚血流の増加と、連動して起こります。この、体温調節のための、ダイナミックな血流の変化は、まさに、生命維持のための、素晴らしい適応能力です。しかし、この時、体の内部では、ある「トレードオフ」が生じています。私たちの体内を循環する血液の総量は、限られています。そのため、体の表面である皮膚への血流を、優先的に増やすということは、相対的に、他の臓器への血液供給が、減少することを意味します。そして、この「血流削減」の対象となりやすいのが、緊急時には、生命維持の優先順位が、比較的低いとされる、「胃」や「腸」といった、消化器官なのです。消化活動には、大量のエネルギーと、豊富な血液供給が必要です。しかし、夏場は、体温調節のために、皮膚に血液が奪われがちになるため、消化器官は、いわば「血液不足」の状態に陥りやすくなります。その結果、胃腸の働きが、自然と抑制され、消化能力が低下し、「食欲がわかない」「少し食べただけで、お腹がいっぱいになる」といった、食欲不振の症状として、現れるのです。これは、夏の暑さから、体を守るための、ある意味で、合理的な防御反応とも言えるでしょう。
体温調節の裏で起こる消化器官への血流低下