あの日、鏡の中に自分の顔を見つけた瞬間、私は言葉を失いました。28歳、働き盛りの夏のことです。子供の頃に罹った記憶が曖昧だった私は、どこかで自分は免疫を持っていると思い込んでいました。しかし、現実は容赦ありませんでした。始まりは、風邪にしては重すぎる倦怠感と、40度近い熱でした。そして翌日、額に1つ、顎に1つ、小さな赤いポツポツが。それが午後に数えたときには12個になり、翌朝には顔中が、そして全身が、得体の知れない「赤い侵入者」に占領されていました。水ぶくれは、一瞬で私から「普通の肌」を奪い去りました。何よりも耐え難かったのは、痒みです。痒みなんて生易しい言葉では足りません。それは、全身の皮膚の内側で数千匹の蟻が動き回り、熱い針で刺され続けているような、狂気を孕んだ感覚でした。掻いてはいけない、跡が残るから。頭では分かっていても、手が無意識に皮膚へと伸びます。私は自分の両手をベッドの柵に縛り付けたい衝動に駆られました。夜が来るのが怖かった。静まり返った部屋で、自分の心臓の鼓動に合わせてかかとや背中がズキズキと、そしてムズムズと脈打つのです。お風呂は最大の苦行でした。お湯に触れた瞬間、敏感になった発疹が悲鳴を上げ、浴室から出た後の乾燥するプロセスでは、痒みの嵐が最高潮に達しました。私は冷たいタオルを何枚も用意し、火照った体に押し当てて、ただひたすら時が過ぎるのを待ちました。口の中にも水疱ができ、水を一口飲むだけで涙が出るほど沁みました。鏡を見るたびに、自分の姿が崩れていくような感覚になり、精神的にも追い詰められました。「このまま元の顔に戻れなかったらどうしよう」「仕事に戻れる日は来るのか」という不安が、高熱で朦朧とした脳内をループし続けました。抗ウイルス薬を飲み始めて3日目、ようやく新しい発疹が出なくなり、あんなに激しかった痒みが「ジリジリ」という静かな不快感へと変わっていきました。水ぶくれが茶色いかさぶたに変わっていく様子は、まるで戦争が終わった後の焼け跡のようでした。発症から10日後、ようやく外に出る許可が出ましたが、私の顔や体は、まだらの痕だらけでした。大人の水疱瘡がこれほどまでに過酷で、孤独な戦いであるとは思いませんでした。結局、肌が完全に元のトーンに戻るまでには半年以上の時間を要しました。今でも、おでこに1箇所だけ、あの日耐えきれずにかいてしまった小さな窪みが残っています。それは私の「油断」に対する一生の戒めです。これから大人になって水疱瘡に罹る人がもしいるなら、私は最大級の警告を送りたい。それは単なる病気ではなく、心身の試練です。ワクチンという回避手段があるのなら、迷わずそれを選んでほしい。あの狂おしい1週間を、誰にも経験してほしくないからです。
全身を襲う激しい痒みに耐え抜いた私の水疱瘡闘病日記