私がアデノウイルスという言葉を自分事として捉えるようになったのは、30代半ばの、仕事が最も忙しい時期のことでした。最初は単なる風邪の引き始めだろうと軽く考えていました。金曜日の午後に感じた喉のわずかな違和感、そして夕方から急激に上がってきた体温。夜には39度を超え、体中の節々が悲鳴を上げ始めました。通常の風邪であれば解熱剤を飲んで一晩眠れば翌朝には峠を越えるはずが、アデノウイルスの場合はそこからが地獄の始まりでした。翌朝、目が覚めると喉にはまるで割れたガラスの破片を詰め込まれたような、鋭い激痛が走っていました。唾を飲み込むことさえ決死の覚悟が必要で、鏡で喉の奥を覗くと、扁桃腺が真っ赤に腫れ上がり、白い膿のようなものがべったりと付着していました。これがいわゆる咽頭結膜熱、一般的にプール熱と呼ばれる病態であることを後に知ることになります。月曜日に病院へ向かい、迅速検査キットでアデノウイルス陽性と診断されたとき、医師から「大人の方が症状が重く出やすく、特効薬はない」と告げられたときの絶望感は今でも忘れられません。治療はあくまで自分の免疫力に頼る対症療法のみ。処方されたのは解熱鎮痛剤と喉の炎症を抑える薬、そしてうがい薬だけでした。そこからの数日間は、高熱による意識の混濁と喉の痛みとの戦いでした。熱は40度近くまで上がり、解熱剤を飲んでも38度台に下がるのが精一杯。数時間経てば再び熱が跳ね上がるというサイクルを繰り返しました。食欲は完全に消失し、唯一口にできたのは冷やしたゼリー飲料だけでしたが、それさえも喉を通過する瞬間の激痛に耐えなければなりませんでした。大人のアデノウイルス感染症がこれほどまでに過酷なものだとは想像もしていませんでした。結局、仕事に復帰できたのは発症から10日が経過した頃でしたが、体力は底を突き、体重は4キログラムも減少していました。喉の痛みは引いたものの、しばらくは倦怠感が抜けず、本調子に戻るまでにはさらに1週間の時間を要しました。この体験を通して痛感したのは、アデノウイルスの感染力の強さと、大人の免疫系が受けるダメージの大きさです。家族への二次感染を防ぐために、家庭内でもマスクを着用し、タオルを完全に分け、ドアノブを消毒し続けるという神経を使う作業も、高熱の中では非常に辛いものでした。もし今、喉の異様な痛みと下がらない高熱に悩んでいる大人がいるならば、すぐにアデノウイルスの検査を検討してほしいと思います。原因が分かるだけでも、精神的な構えが違ってきますし、周囲への配慮もより正確に行えるようになるからです。特効薬がない以上、唯一の解決策は時間の経過と、徹底的な休養だけなのです。
大人のアデノウイルス感染症による激しい喉の痛みと高熱に悶絶した10日間の全記録