肺炎という病気を聞いたとき、多くの人が真っ先にイメージするのは38度や39度を超えるような高熱と、激しく体力を消耗させる咳の症状でしょう。しかし、医学的な統計や実際の臨床現場においては、発熱を伴わないまま進行する肺炎、いわゆる「非定型肺炎」や、高齢者に多く見られる「不顕性肺炎」が決して珍しくないという事実があります。私たちの身体は、細菌やウイルスといった外敵が肺に侵入した際、それらを排除しようとする免疫反応の結果として体温を上昇させます。ところが、原因となる病原体の種類や、本人の免疫力の状態、あるいは服用している薬剤の影響などによって、この体温上昇という防衛反応が正しく機能しないケースが存在するのです。まず、熱が出ない肺炎の代表例として挙げられるのが、マイコプラズマ肺炎やクラミジア肺炎といった非定型肺炎です。これらは一般的な細菌による肺炎とは異なり、微熱程度であったり、あるいは全く平熱のままであったりすることが多々あります。その一方で、咳だけが異常に長く続き、夜も眠れないほど激しくなるのが特徴です。また、特に注意が必要なのが高齢者の肺炎です。加齢に伴い免疫応答が緩慢になると、肺の中で激しい炎症が起きていても、脳の体温調節中枢がそれを感知できず、熱が出ないまま病状だけが悪化していくことがあります。熱がないから大丈夫だと油断している間に、肺の組織が破壊され、気づいたときには酸素飽和度が低下して重症化しているという事態は、救急現場でも頻繁に目にする光景です。熱なしの肺炎を見極めるためには、体温以外の「呼吸」と「全身状態」の変化に目を向ける必要があります。例えば、普段よりも呼吸の回数が多くなっていないか、あるいは階段を上る程度の動作で息切れが激しくなっていないかを確認してください。人間の正常な呼吸数は1分間に12回から20回程度ですが、肺炎によって肺のガス交換能力が落ちると、身体は不足した酸素を補おうとして無意識に呼吸を速めます。また、パルスオキシメーターという装置を使って血液中の酸素飽和度(SpO2)を測定することも有効です。平常時が96パーセントから99パーセントであるのに対し、93パーセントを下回るような場合は、たとえ熱がなくても肺に深刻なダメージがある可能性が極めて高いと言えます。さらに、食欲の減退や、なんとなく元気がない、あるいは意識が少し朦朧とするといった漠然とした「いつもと違う」感覚は、身体が内部で大きな炎症と戦っているサインです。熱がないからと市販の咳止め薬で誤魔化してしまうと、本来排出されるべき痰が肺の中に溜まり、さらに細菌の繁殖を助けてしまうという負のスパイラルに陥ります。もし、咳が1週間以上続いていたり、深い呼吸をしたときに胸に違和感や痛みを感じたりする場合は、平熱であっても速やかに内科や呼吸器内科を受診し、胸部レントゲンやCT検査を受けるべきです。画像診断は、私たちの感覚では捉えきれない肺の影を雄弁に物語ってくれます。健康に対する「思い込み」を捨て、身体が発している微細なメッセージを科学的な視点で読み解くことこそが、命に関わる肺炎という病から自分自身を守るための最強の盾となるのです。