「ただの風邪の治りかけだろう」と自分に言い聞かせ、深夜まで仕事を続けていた1ヶ月前の自分を、今の私は激しく後悔しています。40代という年齢になり、多少の無理は利くものだと過信していた結果、私は「熱の出ない肺炎」という、想像もしなかった病の罠に陥ってしまいました。ことの始まりは、軽い喉の痛みと、時折出るコンコンという乾いた咳でした。熱を測っても36度5分の平熱。体調が悪いという自覚はありましたが、会社を休むほどではないと判断し、栄養ドリンクを飲んで乗り切っていました。しかし、2週間が過ぎても咳は治まるどころか、次第に深い場所から込み上げるような重たい音に変わっていきました。夜、横になると胸のあたりがゼーゼーと鳴り、呼吸のしづらさで何度も目が覚めるようになりました。それでも熱は一度も出ませんでした。朝起きると全身に鉛を流し込んだような倦怠感がありましたが、私はそれを単なる「仕事の疲れ」だと思い込んでいたのです。ついに異変が決定的になったのは、最寄り駅から自宅までのわずかな坂道で、息が切れて立ち止まってしまったときです。自分の身体の中で、何かが決定的に壊れているという恐怖が背中を走りました。翌日、這うようにして受診した病院で、医師から見せられたレントゲン写真には、私の左肺の下半分が霧がかかったように真っ白に写っていました。医師の口から出た「即入院レベルの肺炎です」という言葉が、信じられませんでした。なぜ熱が出ていないのにこんなに酷いのかと問う私に、先生は「身体の免疫がウイルスの増殖に追いつかず、警報を鳴らす余裕さえなかったのかもしれない」と静かに言いました。入院生活は、24時間の抗生剤点滴と、酸素吸入から始まりました。平熱のまま進行していた私の肺炎は、実はかなり深刻な状態で、肺の炎症を示すCRPという数値は通常の数十倍に跳ね上がっていました。熱が出ないからと無理を重ねた期間、私の肺は悲鳴を上げ続け、組織はボロボロになっていたのです。入院して初めて、自分がどれほど呼吸を「頑張って」いたのかを自覚しました。酸素マスクから送られる湿った空気が、これほどまでに有り難いものだとは思いませんでした。退院までに10日間、自宅療養にさらに2週間を要し、私の冬は病院の天井を見つめるだけで終わってしまいました。この経験から得た教訓は、体温計の数字を過信してはいけないということです。熱が出ない肺炎は、痛みや苦しさが「静か」である分、気づいたときには手遅れに近い状態になっていることがあります。自分の身体が「おかしい」と感じた直感は、どんな検査機器よりも先に真実を告げています。もし今、熱はないけれど咳が止まらない、身体が異常にだるいと感じている人がいるなら、どうかその足を病院へと向けてください。私の真っ白になった肺は、無理を美徳とする生き方への、身体からの最も激しい抗議だったのだと、今では痛切に感じています。
長引く咳を放置して肺が真っ白に!?私の静かな肺炎闘病体験記録